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内観して来ました④

2014年9月15日

だいぶ秋らしくなってきましたね。気分もなんだかすっかり秋です。
栗とかぼちゃが食べたくてしょうがない感じです(笑)

内観の記事が中々進まないので、で、結局どうっだったの?
というところを書かせていただいて、
内観の記事は終わりにしようかと思います。

丁度、内観を終えてから、1か月が経ちました。
自分の中の何が変わったのでしょうか?
今改めて思い返してみたいと思います。

う~~~ん。

1つ目、相手の立場に立つということが、より深い意味で捉えられるようになった。
内観では、その人の立場に立って自分を見ていくことをするので、
自分だったらこうするのにという感情はそっちに置いておいて、
相手になりきるという感じです。
なので、前よりも相手の立場に立つために、相手に対して真剣に向かい合えるようになりました。
そうすると、相手と自分との間の境界があいまいになっていくのを感じるようになりました。
自我の部分が少しだけ減ったのかなと思います。
これは、私の中では生き方の変化に繋がる大きなことだと思います。

2つ目、過去を見つめ切ったので、前よりも今を生きられるようになった。
これは、以前は自分が犠牲者だったという過去の記憶があったために、時間の流れが過去から現在の自分、つまり過去の自分をひきずりながら生きている状態。
自分は昔これこれこうだったから、今もうこう。みたいな感じです。
それが、内観を通して、自分は犠牲者ではなかったと分かったために、過去に縛られることが無くなって、未来から現在という時間の流れに変えることが出来てきたということでしょうか。
つまり、「未来にこうなりたい!」という思いがあって、
そのためには「今これをしよう!」という生き方です。


そして3つ目、自立したい!!誰かの役に立ちたい!!
と強く思えるようになった。

これは、「していただいたこと」があまりにも多くて、「して返したこと」があまりにも少なかったので、
もうこれ以上、特に両親には、何かしてもらってはダメだといいう思いが強くなりました。
そして今までしてもらった以上に、私も誰かの役に立たいという思いも強くなりました。
一人暮らしを年内には実行したいです。そのために出来ることを今やろうと思っています。

と、思いつく変化はこんなところですが、
また何か変化を感じたらお知らせさせていただきたいと思います。

個人的な感想としては、一生に一度、自分の人生を振り返るという意味だけでも、本当に貴重な時間だったと思います。
なかなか前に進めないと思っている人にも、いいきっかけになるのではと思います。
どこか遠くに旅に出るのもいいですが、自分の内に旅に出てみるのもいいですよ。

読んで頂いてありがとうございます。

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内観してきました③

2014年9月7日

そして、母が私を産んだ時の感動を母の立場に立って感じることが出来たとき、
あ~これだけでも内観に来てよかったと思った。
子供を産んだことがない私にっとって、それはそれは、すごい感動と同時に母にしていただいたことの大きさに、ただただ感謝の気持ちでいっぱいになった。
そして誕生してから、3歳までの母に対する自分を調べていった。
①していただいたこと
②して返したこと
③ご迷惑をおかけしたこと

わかってはいたけど、調べれば調べるほど、していただいたことと、ご迷惑をおかけしたことばかりだった。
こんなにも自分に対して母は、色々なことをしてくれていたんだ。。。。
2時間ほどすると玄関の引き戸がガラガラっと勢いよく開いて、足音が私に近づいて来た。そして、私の屏風の前に座ったようだ。
面接の先生だ!私が一番だ~!
と、私は慌てて、座布団を二つの折って、脇に置いて正座をした。屏風で見えないが、最初の説明で、面接の先生が屏風の中の人に向かって、額を畳に着くまで下げているのを見せてくれた。
それを想像すると、それだけでもこんな私にそこまでしていただいて何だか申し訳ない気がして、屏風が開いて今度はお互いに頭を下げる時には、今ままでにしたことがない位の感謝の気持ちを込めて私も額を畳に着けてお辞儀をした。
「今までの時間、誰に対するいつのご自分を調べてくださいましたか?」
清水先生がとても穏やか声で聞いてくれたので、緊張がすっと引いて、自然にその時の情景を思い浮かべながら
答えることが出来た。そんな感じで、内観の一通りの流れが分かって、安心できると、お腹の痛みも知らない間に消えていた。
お腹は治ったものの内観を進めていく過程で、1番辛かったのは、くねくね里美だけに、じっと座っていることだった。どんな姿勢でもいいものの、坐骨の耐性時間が短い私にとって、どんな姿勢もすぐに辛くなってしまう。
あ~小嶋先生にプログラム組み替えてもらうんだったな~と後悔しながらも、なんとか横になったりしながら、耐えることが出来た。
そして1番楽しみだったのが、食事の時間だった。なにしろすごく美味しい!!
食いしん坊の私は、次の食事まで頑張ろう!という気持ちで最後までやり通すことが出来たと言っても過言ではないくらいだ。
最後の方では、食事が有難た過ぎたのと内観が進んでいったせいなのか、ゆで卵を見ただけで自分がニワトリの立場になって、卵を生んでるところまで内観している自分に驚いた。


次回、内観して来ました④に続きます。
読んで頂いてありがとうございます。

内観して来ました②

2014年8月23日

ホームに降り立ち、取り敢えずトイレに行き、深呼吸をして
、瞑想の森へ電話をすると、
「車で迎えに行きますので、駅で待っていてください。」
と言ってくれた。周りを見ると、私と同じようなキャスター付きの旅行鞄を持っている人が、数人いたので話しかけてみようかと思ったが、小嶋先生から、
「内観では、一緒に内観している人とは一切話しをしないんだよ。」
と聞いていたので、話し掛けたいのをぐっと我慢して、迎えの車をじっと待っていた。

迎えの車が到着すると、私が思っていた通り、数人の人がその車に集まって来た。
やはり、みなさんもそれを知っていたのか、車内の中でも誰も話さなかった。
これはもしかして、もう内観が始まっているということなの?
とか考えている内に、車がやっと1台通れるくらいの森の中の細い道に入って行った。
「着きました。」
着いたところは、森の中の、素朴な雰囲気のする落ち着いた民家の前だった。
ここなんだ~。想像していたより大袈裟な感じじゃなくてよかった~。
と思いながら、ガラガラ~っと開ける、おばあちゃんちの家の玄関みたいな玄関から、中へと入らせていただいた。
「じゃ、順番に受付と、携帯をお預かり致しますので、座って待っていてください。」
と言われ、ひかれた座布団の上に普段はあまりしない正座で無意識に座っていた。
受付してくださってる女性の方もすごく明るくて、優しそうなのに、なぜだか私の緊張はピークに達し、その緊張でお腹が痛くなった。真っ直ぐ座っていられない程痛くなりながらも、
自分の番になり、受付の素敵な女の人(ここ瞑想の森の所長、清水先生の奥様でした)の前に座って、名前や住所、紹介者などを書いた。
紹介者の欄に「岩堀さん」と書き終わるか終らないかの時、
「住所が神奈川だから、岩堀さんかと思った~!」
と笑顔で話しかけてもらえて、何時間ぶりかの笑顔に少しだけ緊張がほぐれた。
そう、岩堀さんご夫婦はここ10何年かで、何人もの家族、友人、知人をここ瞑想の森に送り込んできたのだ。
岩堀さんご夫婦のお蔭で、私もまたここに来ることが出来た。
人と人の出会いって、なんてすごいことなんだろう。

人生を変える出会い。きっと、岩堀さんご夫婦も、小嶋先生も、今までお世話になっていたTちゃんも、
真剣にこの一瞬を生きているのだ。だから人の人生を変えてしまうこともできるんだ。
これは、ここで内観をしてみて気づいたことだし、教えてもらったことだ。

話しは戻って、参加者全員が受付を済ませ、携帯を預け終ると、
瞑想の森の所長である、清水先生から、内観とはどうやって進めていくものなのか、
面接とはどうゆうものなのか、1日の流れはどんななのか、といった説明を受けた。
奥さん淑江さんの明るさに続き清水先生も、とても穏やかな話し方をされる。
それなのに、私の緊張から来る腹痛はどうにも治まる様子を見せなかった。

清水先生のお話しが終り、早速内観が開始された。
場所が割り当てられ、屏風を立て中に入った。私も早速内観!
ではなく、その半畳の空間にうずくまった。そして目を瞑った。
こんなにお腹が痛いんじゃ、内観できないや~と思った時、
ふと、生まれる前の母の子宮の中にいた時ってこんな恰好だったのかな~と思った。
そして子宮の中はどんな感じっだったのかな~
そんなことを想像していくと、とても落ち着いて来たので、しばらくその状況を味わっていた。
そう、そうやって私の母に対しての内観は始まっていった。

次回、内観して来ました③に続きます。
読んで頂いてありがとうございます。

内観して来ました①

2014年8月17日

大変お待たせしましたが、今回も究極の一日はお休みさせていただいて、昨日まで体験してきました、集中内観についてのことを書かせて頂きたいと思います。

内観とは何か?
1年間それが知りたくて、知りたくて、
私は今、ようやく栃木県の喜連川というところにある
「瞑想の森内観研修所」に向かっている。

内観という言葉を初めて聞いたのは、
またしても私に小嶋先生を紹介してくれた、
あの不思議なお魚屋さん、岩堀さんの口からだった。
それは、確か小嶋歯科医院で診察が終った帰り、
私が来たのを知って、その前に小嶋歯科医院で開催されていた
勉強会が終った後、帰らないで待っていてくれた岩堀さんに、
駅まで送ってもらった車中でだった。
「内観って知ってる?自分の内側を見ていくんだよね。
それで内観の仲間でたまに集まったりもしてるんだよね。
やってみるといいよ。小嶋さんもやったよ。」

というようなことを話してもらった。
私はそれを聞いて、瞑想みたいに座禅をして、たまにみんなで集まって輪になってやる会があるのかと思った。
岩堀さん、見かけによらず、お坊さんみたいなことしてるな~と。
詳しく聞いてみようと思ったが、もう駅に着いてしまったので、
聞けずにお礼を言って車を降りた。

それからまた次の小嶋先生の診察の時、
岩堀さんが小嶋先生もやったと言っていたのを思い出し、
「内観って何ですか?」
と尋ねてみた。
「畳の半分の広さに屏風を立てて、一週間、朝6時から夜9時まで、
1日15時間そこに座って、自分の母、父、兄弟、配偶者、子供や身近にいる人に対して、自分が今まで
①「していただいたこと」
②「して返したこと」
③「ご迷惑をおかけしたこと」

この3つを昔から年代順に相手の立場に立って調べていって、
2時間置きに来てくださる面接の先生に、
今調べてたことを答えるんだけどね・・・」

先生の話しを聞くと、私が岩堀さんの話しを聞いて、最初にイメージしたものとはちょっと違うみたいだった。
先生は続けた。
「内観をしてみて自分がいかに、人の気持ちを分かっていなかったり、相手に対して傲慢な思いを持っていたかがわかったりと、
自分の汚さがわかったんだよね。
あと、『嘘と盗み』って言って、自分が今までについた嘘と盗みを調べていく方法もあるんだけど、それを調べてたら、
小さいころに近くの神社のさい銭泥棒をしたことを思い出して、
帰ったら神社に土下座して謝りに行ったよ。
それと、自分の思い、波長を言葉に乗せられるようになったし、自分の心というものが胸の奥に在ることを感じることが出来たんだよね。たぶんやったら、今よりもっと素敵になれるよ。」
と。
何それ?前半は何とか理解出来たものの、後半は???だった。
でも・・素敵になれる!?
私は先生の最後の言葉で、いつか必ずやってみようと決めた。

小嶋歯科医院に就職してから、先生が
「内観に行くなら仕事休んでいいよ。」
と再三言ってくれたお蔭もあって、1年後そのチャンスに恵まれ、
今こうして喜連川の「瞑想の森内観研修所」に向かっている。
そして家を出てから4時間近く電車に揺られ、遂に最寄駅の「氏家」に到着してしまった。
1週間分の下着と着替えを入れたカバンを持ち上げて、無事に着いた安堵感と、一人という心細さと、もう引き返せないというジェットコースターに乗る直前の緊張感みたいな感じとか、今までの自分がいなくなっちゃうんじゃないかという余計な心配とか、どれだけ土下座しなくちゃいけないんだろうとか、ぐちゃぐちゃに混ざった変な気分で、ホームに降り立った。

次回、内観にして来ました②に続きます。
読んで頂いてありがとうございました。